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19世紀ごろまでのバラは、現在私たちが目にするような立派なバラではなく、花も小さく、四季咲き性もありませんでした。近代バラの誕生は、18世紀から19世紀にかけて東洋のバラが西洋に導入されるようになったのをきっかけに、飛躍的にその改良が進み、近代バラへの基礎ができ上がりました。
ここで大きな役割を果たしたのが、ナポレオンの皇妃ジョセフィンです。彼女はナポレオンの威光を借りてパリ郊外のマルメゾン宮殿の庭に集められるだけのバラを集めましたが、その中にあった中国産の「庚申バラ」が、それまでのバラに四季咲き性を導入させました。彼女は、ただバラを集めるだけでなく、園芸家たちに本格的なバラの品種改良を進めさせました。
彼女の没後、四季咲き中輪のバラ、ティ・ローズと、四季咲き性は少ないが大輪咲きのバラ、ハイブリッド・パーペチュアルが作りだされました。そして1861年、この二つの系統のバラの特徴を生かした四季咲き性大輪のバラ「ラ・フランス」が、フランスの育種家ギョウにより、この世に送り出されました。このバラには、1867年に「ハイブリッド・ティ」という系統名がつけられ、近代バラ誕生への第一歩を踏み出しました。
しかし、近代バラの品種改良が本格的に進められ、めざましい発展を遂げたのは、20世紀にはいってからで、そのきっかけとなったのは、フランスの育種家ブルネ・デュッセによって作りだされた金黄色のバラ「ソレイユ・ドール」の誕生(1900年)です。
このバラの出現によりそれまでごく限られた花色しかなかった近代バラは、急速に多彩なものへと発展したのです。
一方、日本原産のバラも、近代バラの発展に大きな役割を果たしていることも見逃せません。
ノイバラとテリハノイバラが、その主なものです。ノイバラは、フロリパンダ種にその強い房咲き性の血が受け継がれ、どんなところにもよく育つ性質があるため、日本は勿論欧米の一部でもバラ苗生産用の台木として広く使われています。
デリハラノイバラは、北海道を除く日本全域に見られるバラで、大中輪咲きつるバラにその血が受け継がれているほか、その美しい光沢のある照り葉の性質も現在のバラに導入されています。
近年、日本で作出されたバラの進出は目ざましく、中には海外におけるコンテストにも入賞した品種もあります。日本で作出されたバラの品種改良は200種にも及ぼうとしています。
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