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● ホーリーの「3時のケーキ」コーナーの目次

 

-死刑反対と賛成の論議内容がよく分からない謎- (2007/08/24)

 

8月23日のニュースで、「3人を執行 長勢法相の下で10人」の記事がありました。それによると、「長勢甚遠法相の下では3回目で計10人になった。93年の執行再開以降の法相は20人いるが、最多となる。これで、現在収容中の死刑囚は103人となった。・・・23日の3人の死刑執行により、長勢甚遠法相は93年以降の歴代法相(20人)の中で、最多となる計10人の執行を命じたことになる。背景には、厳罰化の流れの中で増え続ける死刑判決とのバランスがある。

長勢法相は昨年12月のクリスマス当日に4人、今年4月には国会会期中に3人、そして今回は、27日に予定される内閣改造直前の執行。執行命令書へのサインを拒んだ杉浦正健前法相とは一転、長勢法相は昨年9月の就任以降、積極的ともいえる方針で臨んできたが、それでも収容中の死刑囚は103人に上る。

しかし、死刑制度に反対する関係者は「世界的には死刑廃止国が増えているのに逆行している」と批判。日本弁護士連合会の平山正剛会長の話 約8カ月の間に10人に死刑が執行されており、誠に遺憾。死刑制度に関する情報を広く公開し、制度の存廃について国民的議論を尽くすまでの一定期間、執行を停止するよう重ねて強く要請する。」

毎年の死刑執行件数より死刑確定囚の数のほうが多くて、死刑執行が追いついて行かないということだそうです。死刑反対にも賛成にも、それぞれの根拠らしきものがあって、総合的な判定が下されないのは、「生というものの不可思議さ」が根底にあるのかも知れません。国民感情に委ねるとして、現状の死刑制度に対する反対活動が過半数をこえる勢いで起きてこなければ、廃止には至らないようです。

つまり、「反対と賛成の両意見を聞いても裁く人がいない」、結論を誰も出さないから何を目的とした議論なのかさっぱり分からないという状況になっているのでしょう。議論をすることに意味があると言っても、その結論を内包する国家像が見えてこなければ、小田原評定もいいところでしょう。

被害者感情や量刑のアンバランスからみても、終身刑なしの死刑制度の廃止はとるべき選択ではないと思いますが、「いのち」の根源を考えると合法的とはいえ殺人行為が許されるのか、という疑問もあります。戦争もその例にもれず、殺人が任務遂行の主な目的です。 

 

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