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タイトルの「木鶏のごとく」とは、字のとおり木で作られた鶏のごとく、という意味で中国から伝わってきた言葉です。どのような事にもびくとも動じないことの例えとして、使われてきました。人間は、ある意味感情の動物ですから、なかなかこのようにはなりきれないのが普通です。最近、ある作家が「鈍感力」の効用をさかんに喧伝していますが、「木鶏」と「鈍感力」とは似て非なるものです。
人間もだんだん年をとって老齢に入れば、このような境地になれるのかも知れませんが、それでも一種鈍感になったことにより、結果として「木鶏」に様変わりすることもあるでしょう。鈍感ではなく「木鶏」に近づくには、何でもいいんですが、ひとつの信念といいますか、絶対的に信じうるものをもっていれば、外部の変化に動じないですむ事ができるのではないでしょうか。
それは宗教でも自分の体験に基づくものでも何でもいいのですが、外部からだけ与えられた知識のようなものではなく、より高みに上がることができる実践的な何かです。
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