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人生の縮図は人間関係の縮図といっても過言ではありません。生まれてから、最後の息のひきとりまで人と人とのかかわりなしに済ませることはありません。
私たちは、生まれてから実に多くの人と接触しています。数だけでなく、あらゆるタイプの人とも触れ合ってきています。通常は、何気なく済ませることが多いのですが、何か判断を迫られるような局面になると初めて、あの人は本当はどういう人なんだろうか?と考えあぐねることはありませんか。
些細なことの判断ならまだしも、お金や身辺や将来にわたるような事柄だと、特にそうです。イエスというべきかノーというべきか、あいまいにしておくか、悩むところです。
こんなときは、感情で判断せずに、一種自分の勘に頼るといいますか、三つの要素を総合的に考えたらいいように思います。
一つはその人が「善か悪か」
二つはその人が「利他の人か利己のひとか」
三つはその人に「自分より怖いものがあるかないか」
「善か悪か」は、人によって微妙に基軸がちがうと思いますが、顔の表情全体にいやおうとなくにじみ出てきます。それは人はだませても自分の心まではだませないからです。発する言葉に惑わされることなく、よく観察してみましょう。
「利他の人か利己か人かは」は、何とはなくわかるものです。日常の言動に如実に表れてきます。行動判断のなかに他人を思いやるこころが少しでも入っているか、自分のペースをいつも肯定してばかりいないか、三つの中で一番判別しやすい要素です。
「自分より怖いものがあるかないか」は、あるにしても人様々な面があります。親が怖かったり、配偶者が怖かったり、上司が怖かったり。しかし、ここでいう怖いものとは、社会といいますか、自分では目に見えないものを言います。例えば、職人さんが、製品を作るときに「恥ずかしくないものを作りたい」と言われます。これは、誰に対して「恥ずかしくない」かと考えれば、なんとなく合点がいくと思います。
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